低用量リチウム、バイオハッカーが注目する神経保護成分のエビデンスを検証する
はじめに
「リチウム」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
多くの人は、双極性障害の治療薬を想像するだろう。確かに、高用量のリチウム(炭酸リチウム)は精神科で広く使われている。
しかし最近、低用量のリチウムサプリメントがバイオハッカーの間で注目されている。認知機能改善、神経保護、さらには抗老化効果まで期待されているようだ。
本当にそんな効果があるのか。今回は、低用量リチウムのエビデンスを論文から検証する。
リチウムサプリメントの実態:2025年調査
Strawbridge et al., 2025
Strawbridge et al.(2025)は、市販のリチウムサプリメント使用者の実態調査を行った。
- 対象: 211人のリチウムサプリ使用者(18歳以上)
- デザイン: 横断的調査
使用されている形態
| 形態 | 使用頻度 |
|---|---|
| アスパラギン酸リチウム | 最も多い |
| オロテート(オロト酸リチウム) | 次に多い |
| イオン性リチウム | 一部 |
最も一般的な用量は10mg/日だった。
使用者が報告した効果
| 効果 | 報告頻度 |
|---|---|
| 認知機能改善 | 最も多い |
| 不安軽減 | 2番目 |
| 気分改善 | 3番目(「最大の改善」として報告) |
認知機能改善が最多というのは興味深い。バイオハッカーたちの期待と一致している。
しかし、問題もあった
この調査で重要なのは、副作用・離脱症状が予想より多かったという点だ。
低用量とはいえ、リチウムは生理活性の強い物質。安全性を過信すべきではない。
リチウムの神経保護メカニズム
GSK-3阻害
Bortolozzi et al.(2024)のPharmacological Reviewsの包括的レビューによると、リチウムの主要な作用機序はGSK-3(グリコーゲン合成酵素キナーゼ3)の阻害だ。
GSK-3阻害により:
- 神経保護
- 神経可塑性の促進
- 抗酸化作用
- BDNF(脳由来神経栄養因子)の増加
これらの効果は、細胞レベル・動物レベルでは確立している。
ホメオスタシス的シナプス可塑性
最近の研究では、リチウムがホメオスタシス的シナプス可塑性に作用することが示唆されている。
これが気分安定化の機序として注目されており、認知機能への影響も説明できる可能性がある。
マウス研究:マイクロドーズの効果
Nunes et al., 2015
Nunes et al.(2015)は、非常に低用量のリチウムをアルツハイマー病マウスモデルに投与した。
- 用量: 0.25mg/kg/日(飲料水に溶解)
- 期間: 16ヶ月または8ヶ月
- モデル: APPSwIndトランスジェニックマウス
結果
| 指標 | リチウム群 | 対照群 |
|---|---|---|
| 記憶機能 | 維持 | 低下 |
| 老人斑 | 減少 | 増加 |
| 神経細胞数 | 維持 | 減少 |
| BDNF密度 | 増加 | - |
マイクロドーズで記憶喪失を予防し、老人斑を減少させた。
これは非常に興味深い結果だ。ただし、マウスでの結果がヒトに適用できるかは別問題。
疫学研究:飲料水中のリチウム
システマティックレビュー(Mauer et al., 2014)
Mauer et al.(2014)のシステマティックレビューでは:
トレース量リチウムと行動:
- 11の疫学研究のうち9つで、飲料水中のトレース量リチウムと低い自殺率・犯罪率の関連
標準量リチウムと認知症:
- 7つの疫学研究のうち5つで、標準量リチウム使用と低い認知症率の関連
しかし、矛盾する結果も
Duthie et al.(2023)のスコットランドコホート研究は、予防効果を支持しなかった。
- 37,597人を追跡
- 飲料水中のリチウム濃度と認知症リスクを検討
- 女性では一部のリチウム濃度で認知症リスク増加の傾向
「極めて低濃度のリチウムと認知症リスク低下の関連を支持しない」と結論している。
リチウムサプリの形態と用量
処方薬 vs サプリメント
| カテゴリ | 形態 | 元素リチウム量 |
|---|---|---|
| 処方薬(治療量) | 炭酸リチウム | 300-1200mg/日 |
| 低用量サプリ | オロテート等 | 5-20mg/日 |
| 飲料水中 | 自然由来 | 0.001-0.1mg/日程度 |
処方薬とサプリメントでは、用量が100倍以上異なる。
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オロト酸と結合させることで、脳への移行性が高まるという主張があるが、これを支持するヒトでの研究は限られている。
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Life Extensionは1000mcg(=1mg)という超低用量製品を出している。飲料水中の濃度に近いアプローチだ。
安全性の懸念
処方薬レベルでの問題
高用量リチウム(処方薬)では:
- 治療域が狭い(血中濃度0.6-1.2mEq/L)
- 腎毒性
- 甲状腺機能低下
- 定期的な血液モニタリング必要
低用量サプリでは?
Strawbridge 2025の調査では、低用量でも副作用・離脱症状が予想より多かった。
具体的に報告された副作用は論文に詳述されていないが、低用量だから安全とは限らない。
特に:
- 腎機能への長期的影響
- 甲状腺機能への影響
- 他の薬との相互作用
これらは、低用量使用でも考慮すべきだ。
僕の見解
正直に言えば、僕は低用量リチウムを試したことがない。
試さない理由
-
ヒトでのRCTが不十分
- マウス研究は興味深いが、ヒトでの効果は確立されていない
-
安全性モニタリングの問題
- 低用量でも腎機能・甲状腺機能への影響が懸念される
- 自己判断でのモニタリングは難しい
-
効果サイズの不確実性
- 仮に効果があるとしても、どの程度の効果なのか不明
もし試すなら
興味がある人は:
- 超低用量から開始(1mg程度)
- 定期的な腎機能・甲状腺機能検査
- 医療従事者への相談
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こんな人に向いている・向いていない
興味を持つ価値がある人
- 認知機能最適化に高い関心がある人
- 自己実験に慣れているバイオハッカー
- 定期的な血液検査が可能な人
- リスクを理解した上で試したい人
避けるべき人
- 腎機能・甲状腺に問題がある人
- 他の薬を服用中の人(特に利尿薬、ACE阻害薬、NSAIDs)
- 妊娠中・授乳中の人
- エビデンスが確立した成分を優先したい人
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結論:理論的根拠は魅力的だが、RCTが不足
確実に言えること
- GSK-3阻害による神経保護作用は細胞・動物レベルで確立
- マウスモデルでマイクロドーズリチウムが記憶喪失を予防(Nunes 2015)
- 疫学研究の一部で飲料水中リチウムと認知症・自殺率低下の関連
- 2025年調査でサプリ使用者は認知改善を最も多く報告(Strawbridge 2025)
言えないこと
- 低用量リチウムサプリの認知機能への効果を示すRCTは非常に限定的
- 長期的な安全性は不明
- 最適用量・形態は確立されていない
- スコットランド研究は予防効果を支持しなかった(Duthie 2023)
僕の結論
理論的根拠は魅力的だが、ヒトでのRCTエビデンスが不足。
現時点で低用量リチウムサプリを推奨するには時期尚早だ。興味がある人は、腎機能・甲状腺機能のモニタリングが可能な医療環境下で検討すべき。
「エビデンスのないサプリは、高い尿を作る機械」と僕は言ってきた。低用量リチウムは「エビデンスが不完全なサプリ」だ。完全に否定はしないが、積極的に推奨もしない。
今後のRCT研究に注目したい。
今回紹介したサプリ
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