ベンフォチアミン12ヶ月投与、糖尿病性神経障害への効果なし。BOND試験が示した厳しい結論
「ベンフォチアミンは糖化を防ぐ」「神経障害に効く」——バイオハッカー界隈でよく見かける主張だ。
ビタミンB1(チアミン)の脂溶性誘導体であるベンフォチアミンは、通常のB1より吸収率が高く、AGEs(終末糖化産物)形成を抑制するという魅力的なメカニズムが提唱されてきた。
しかし、2026年1月にBMJ Open Diabetes Research & Careに発表されたBOND試験(PMID: 41571333)は、この期待に冷水を浴びせる結果だった。12ヶ月間の厳密なRCTで、糖尿病性神経障害のすべての指標に有意な効果がなかった。
BOND試験の概要
Zieglerらのドイツの研究チームによる第II相試験だ。
試験デザイン
- デザイン: 1:1ランダム化、二重盲検、プラセボ対照、並行群間
- 対象: 2型糖尿病で軽度〜中等度の症候性多発神経障害(DSPN)を持つ成人
- 介入: ベンフォチアミン 300mg × 2回/日(600mg/日) vs プラセボ
- 期間: 12ヶ月
- ランダム化: 57名
評価項目の徹底ぶり
この試験の特徴は、評価項目の多さだ。
主要エンドポイント:
- 角膜神経線維長(CNFL)の変化(角膜共焦点顕微鏡による)
副次エンドポイント(合計60以上):
- 角膜共焦点顕微鏡: 4パラメータ
- 皮膚生検: 4パラメータ
- 神経伝導検査: 13指標
- 定量的感覚検査: 6パラメータ
- 心血管自律神経機能検査: 17指標
- 発汗機能検査: 5パラメータ
- 臨床スコア: 15種類
- QOL尺度: 13種類
つまり、形態学的、神経生理学的、臨床的な指標を網羅的に評価した。
結果:全指標で効果なし
主要エンドポイント(角膜神経線維長):
「12ヶ月後のCNFLの変化は、2群間で差がなかった」
すべての副次エンドポイント:
「形態学的、機能的、臨床的な神経障害アウトカムおよびQOLの変化も、2群間で同様だった」
唯一の傾向:
- Neuropathy Symptom Score(NSS)のみ、ベンフォチアミン群で改善傾向(p=0.098)
- ただし、統計的有意差には達せず
吸収はされていた
重要なのは、薬物動態の結果だ。
ベンフォチアミン投与により、6種類すべてのチアミン代謝物が有意に増加した(p≤0.003)。つまり、薬は確実に吸収されていたが、効果がなかった。
安全性は良好
有害事象の発生率は両群で差がなく、ベンフォチアミンの忍容性は良好だった。
なぜ短期試験はポジティブだったのか
実は、ベンフォチアミンには「効いた」とする短期試験がある。
BEDIP試験(2005年):
- 期間: 3週間
- n=40
- 結果: NSS改善(p=0.029)、疼痛減少(p=0.041)
BENDIP試験(2008年):
- 期間: 6週間
- n=133
- 結果: NSS改善(p=0.033、PP解析)
これらの結果を見て、「ベンフォチアミンは神経障害に効く」と信じた人は多い。
しかし、BOND試験(12ヶ月、57名)では、すべての指標で効果がなかった。
短期試験の限界
短期試験のポジティブな結果は、以下の可能性がある。
- プラセボ効果: 主観的症状スコア(NSS)はプラセボ効果を受けやすい
- 自然経過: 症状は変動するため、短期間では改善したように見えることがある
- 回帰平均への回帰: 症状が重い時期にスクリーニングされた患者は、自然に改善する傾向がある
- 試験デザインの質: 短期試験は形態学的指標を含んでいなかった
BOND試験が優れているのは、客観的な形態学的指標(角膜神経線維長、皮膚生検)を主要エンドポイントとした点だ。これらはプラセボ効果の影響を受けにくい。
ベンフォチアミンの作用機序は魅力的だったが…
理論的には、ベンフォチアミンのメカニズムは説得力があった。
期待されていたメカニズム
-
高血糖による代謝異常:
- ポリオール経路、ヘキソサミン経路、PKC経路、AGEs経路が活性化
- これらが神経障害に寄与
-
トランスケトラーゼ活性化:
- ベンフォチアミン → チアミン → チアミンピロリン酸(TPP)
- TPPはトランスケトラーゼの補酵素
- 糖代謝をペントースリン酸経路へシフト
- AGEs形成を抑制
動物実験では、糖尿病マウスで神経障害の予防効果が示されていた。
ヒトで効かなかった理由
動物実験の有望な結果が、長期ヒト試験で再現されなかった。考えられる理由:
- 投与開始時期: 動物実験は糖尿病発症直後から。BOND試験はすでに神経障害が進行した患者
- 疾患の複雑さ: ヒトの糖尿病性神経障害は多因子性で、AGEsはその一部に過ぎない
- 用量の問題: 動物実験の用量をヒトに換算すると、より高用量が必要かもしれない
- 期間: 12ヶ月でも進行した神経障害を改善するには不十分かもしれない
ただし、12ヶ月間投与しても形態学的変化すら見られなかったのは、メカニズムそのものに疑問を投げかける。
メカニズムは魅力的でも、RCTで効果がなければ意味がない
私はエビデンスを重視する人間だ。
ベンフォチアミンのメカニズムは、理論的には非常に魅力的だった。AGEsは老化や糖尿病合併症に関与するとされ、これを抑制できれば素晴らしい。
しかし、メカニズムがどれだけ説得力があっても、RCTで効果が示されなければ「効く」とは言えない。
これはサプリメント評価の基本原則だ。
- 細胞実験で効果あり → ヒトで効くとは限らない
- 動物実験で効果あり → ヒトで効くとは限らない
- 短期試験で効果あり → 長期試験で効くとは限らない
- メカニズムが魅力的 → 実際に効くとは限らない
正直なエビデンス評価
確実に言えること
- ベンフォチアミンは安全で忍容性が高い
- 経口摂取でチアミン代謝物の血中濃度が有意に上昇する(吸収は良好)
- 12ヶ月投与で、形態学的・神経生理学的・臨床的指標に有意な効果がなかった
- 短期試験(3-6週間)のポジティブな結果は、プラセボ効果や試験デザインの限界を反映している可能性
言えないこと
- ベンフォチアミンが糖尿病性神経障害を改善する(長期RCTで否定)
- 「AGEs対策」として有効かどうか(神経障害への効果がなかったことは、AGEs抑制効果そのものへの疑問にもなる)
- 予防的に使用すれば効果があるか(今回の試験はすでに神経障害がある患者が対象)
「効かない」という結果の価値
BOND試験は「ネガティブスタディ」だ。ベンフォチアミンが効かないことを示した。
しかし、ネガティブな結果にも価値がある。
- 誤った期待を修正できる: 「ベンフォチアミンで神経障害が治る」という幻想を打ち砕く
- リソースの最適化: 効かない治療に時間とお金を使わなくて済む
- 科学の進歩: なぜ効かなかったかを考えることで、次の研究につながる
バイオハッカー界隈では「ベンフォチアミンはAGEs対策に有効」と言われることがあるが、少なくとも糖尿病性神経障害については、その主張を支持するエビデンスは弱い。
私の見解
私はベンフォチアミンを摂っていない。
理由は単純だ。12ヶ月の二重盲検RCTで、多数の客観的指標に効果がなかった。短期試験のポジティブな結果は、プラセボ効果や試験デザインの限界で説明できる。
「AGEs対策」として魅力的なメカニズムは認めるが、メカニズムと臨床効果は別物だ。
糖尿病性神経障害の予防・改善には、血糖コントロールが最も重要であり、サプリメントはそれを代替できない。
それでも試したい人へ
私の結論は「摂らない」だが、以下の条件に当てはまるなら試す価値があるかもしれない。
- 予防目的: BOND試験はすでに神経障害がある患者が対象。予防効果は未検証
- AGEs対策として: 神経障害以外のAGEs関連アウトカムは検証されていない
- 安全性は確認済み: 12ヶ月投与でも有害事象は増加しなかった
試すなら、BOND試験と同じ600mg/日(300mg×2回)が妥当だろう。
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ただし、繰り返しになるが糖尿病性神経障害に対する効果は12ヶ月RCTで否定されている。過度な期待は禁物だ。
参考文献
- Ziegler D et al. (2026) Effects of benfotiamine treatment over 12 months on morphometric, neurophysiological and clinical measures in type 2 diabetes patients with symptomatic polyneuropathy (BOND study). BMJ Open Diabetes Res Care. PMID: 41571333
- Haupt E et al. (2005) Benfotiamine in the treatment of diabetic polyneuropathy (BEDIP study). Int J Clin Pharmacol Ther. PMID: 15726875
- Stracke H et al. (2008) Benfotiamine in diabetic polyneuropathy (BENDIP). Exp Clin Endocrinol Diabetes. PMID: 18473286

