ニシュタマリゼーションは何をしているのか。トウモロコシでナイアシンが遊離する理由
ニシュタマリゼーションは、名前だけ聞くと料理技法っぽい。
だが実際には、かなり強い食品化学だ。
トウモロコシを石灰水や灰汁のようなアルカリ条件で煮て、浸して、洗って、すり潰す。この処理を挟むだけで、同じトウモロコシでも栄養学的な意味がかなり変わる。
今回の主題は一つだ。
なぜこの処理で、ナイアシンが「使える形」になるのか。
先に結論を書く。
- 未処理のトウモロコシでは、ナイアシンは結合型が多く利用しにくい
- ニシュタマリゼーションは、アルカリ条件でこの結合をほどきやすくする
- ただし工程中に 一部のナイアシンは流出する
- それでも栄養学的には、遊離による bioavailability 改善の意味が大きい
つまり、ここで起きているのは「ナイアシンを増やす魔法」ではない。結合型から遊離型へ寄せる処理 だ。
そもそも、なぜトウモロコシでナイアシン不足が起きやすいのか
トウモロコシ自体にナイアシンがゼロなわけではない。
問題は、その一部が niacytin と呼ばれる形で、細胞壁や高分子マトリクスに結びつき、人間がそのままでは使いにくい ことだ。
2010年のレビューでも、トウモロコシの調理法、とくに nixtamalization and fermentation can increase accessibility of niacin と整理されている。
ここがまず重要だ。
トウモロコシにナイアシンがない
ではない。
そのままだと利用しにくい
のである。
だから、トウモロコシ依存食でも、処理法が違えば栄養学的な結果も変わる。
ニシュタマリゼーションで何が起きているのか
原理は意外ときれいだ。
1. アルカリ条件をかける
石灰、つまり Ca(OH)2 を使うと、生地は高pH側に寄る。
2. 加熱と浸漬で、外皮とマトリクスが緩む
高pHと熱で、
- pericarp
- ヘミセルロース
- タンパク・多糖の結合
が崩れやすくなる。
3. 結合型ナイアシンが遊離しやすくなる
ここで、未処理では利用しにくかったナイアシンが、消化で扱いやすい側に寄る。
この点をきれいにまとめているのが、2016年の加工レビューだ。
このレビューでは、
- soaking や cooking では B群ビタミンは減りやすい
- しかし fermentation and nixtamalization can increase bioavailability of riboflavin and niacin
- とくに niacin は processing が必要な場合がある
と明記されている。
私はここが今回の核心だと思う。
ニシュタマリゼーションの価値は、単に柔らかくして粉にしやすくすることではない。トウモロコシの中で埋まっていたナイアシンを、使える側へ寄せる ことにある。
ただし、総量は減る。ここを雑にしない
ここでありがちな誤読がある。
アルカリ処理するとナイアシンが増える
これは雑だ。
2001年のニシュタマルトルティーヤ研究では、工程全体で niacin 28.9% loss と報告されている。
しかも、
- 洗浄
- 加熱
でも、ビタミン類は普通に流出する。
それでも著者は同時に、the alkaline process caused an important release of that vitamin と書いている。
つまり正確な理解はこうだ。
- 一部は減る
- でも、残ったナイアシンの 利用可能性は上がる
ここを「増える vs 減る」の二択で読むと、論文を外す。
だからペラグラ回避につながる
ペラグラは、ナイアシン不足で起きる古典的な欠乏症だ。
トウモロコシ依存食でも、メソアメリカでは歴史的に大規模なペラグラは広がらなかった。逆に、処理なしで移植された地域では問題化した。この差を説明する最も大きい要因の一つが、ニシュタマリゼーションだ。
私はこう読む。
- トウモロコシを主食にすること自体が問題なのではない
- 結合型ナイアシンを外す技法を持っていたかどうか が大きい
これはかなり示唆的だ。伝統食の優劣ではなく、伝統加工が実は化学的に合理的だった という話だからだ。
ニシュタマリゼーションは、ナイアシンだけの処理でもない
ここも面白い。
カルシウムがかなり増える
同じ2001年研究では、カルシウムは
- corn: 7.7 mg/100g
- nixtamal tortilla: 114 mg/100g
まで上がっている。
石灰処理だから当然と言えば当然だが、これはかなり大きい。
つまり、ニシュタマリゼーションは ナイアシン解放 だけでなく、カルシウム強化 でもある。
フィチン酸も下がりやすい
2016年レビューでは、nixtamalization は phytic acid reduction にも寄与し、mineral bioavailability 改善方向だと整理されている。
この点は、以前書いたサワー種パンの記事と少し似ている。食品は、発酵やアルカリ処理で 元の栄養素量 だけでは見えない変化を起こす。
デンプン構造も変わる
2017年の tamales 研究では、ニシュタマリゼーションで
- resistant starch が 1.6-3.7倍
- in vivo glycemic index が低下
と報告されている。
もちろん、これはタマレスという食品形態も含む話で、トルティーヤ全部が低GIと言うのは雑だ。
それでも、ニシュタマリゼーションが デンプン構造まで変える のは押さえておいていい。
では、本質は何か
私のまとめはかなりシンプルだ。
ニシュタマリゼーションで起きていることは、
- 高pHでマトリクスをほどく
- 結合型ナイアシンを遊離しやすくする
- 同時にカルシウムを入れる
- 副次的に低フィチン酸化やデンプン構造変化も起こす
という複合処理だ。
だから、これは単なる「伝統トルティーヤの作り方」ではない。主食の欠点を加工で補う技術 と読んだ方がいい。
結論: ニシュタマリゼーションは、かなり合理的な食品化学
今回の話を一文にするとこうなる。
トウモロコシ中のナイアシンは、そのままでは閉じ込められがちで、アルカリ処理でほどける。
これが、ニシュタマリゼーションの本質だ。
総ナイアシン量だけ見れば、一部は失われる。だが栄養学的には、何mg残ったか だけではなく、その何mgが使える形か が重要になる。
私はこういう加工を見ると、伝統食を見直す。
雰囲気で受け継がれたように見える手法の中に、かなり強い生化学が入っているからだ。
ニシュタマリゼーションは、その典型例だと思う。
さらに学びたい人へ
ビタミンの結合型と遊離型、加工で変わる利用性まで含めて理解したい人向け。ナイアシンを量だけでなく使える形で読む視点が身につく。
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