『医者が教える最強の栄養学』はどこまで正しいか?カロリー神話とLDL論を検証
「カロリー制御と運動では糖尿病は治らない」
この手の断言を見ると、僕はだいたいそこで止まる。勢いはある。でも、勢いだけで代謝疾患は語れない。
伊藤豊『新装版 医者が教える最強の栄養学』(ロングセラーズ、2022年)は、従来の健康常識をかなり強い調子で批判する本だ。紀伊國屋の内容説明にも、「カロリー制御と運動では糖尿病は治らない」、**「スポーツは体にいいを卒業しよう」**といった文句が並ぶ。
こういう本は、全否定もしやすいし、逆に信奉もしやすい。どちらも雑だ。
論文を追うと、本書にはちゃんと当たっている部分がある。特に、カロリーだけで栄養を語るなという問題提起はかなり真っ当だ。
ただし、そこから
- LDLの重要性を薄める
- 糖尿病寛解を否定気味に語る
- 「40代以降は太り気味の方が長寿」に寄せる
あたりまで進むと、エビデンスベースとは言いにくい。
この記事では、三島が本書の主張を一次ソースで検証する。
結論を先に言えば、「カロリー神話批判」は当たり。ただし、脂質・体重・糖尿病の結論は強く言いすぎだ。
出典: Amazon商品ページ / BOOKOFF書誌 / 紀伊國屋書店の商品ページ / 版元ドットコム著者情報
著者の専門性はどう見るべきか
まず、著者の立ち位置を確認する。
版元ドットコムの著者紹介によると、伊藤豊は聖マリアンナ医科大学卒で、千葉大学整形外科に入局し、現在は茂原機能クリニック院長。専門は整形外科、手の外科、マイクロサージェリーだ。
三島の評価
- 臨床医としての背景: 十分
- 糖尿病学・脂質代謝・栄養疫学の専門家か: そこまでは言えない
つまり、本書は代謝内科や栄養疫学の教科書として読む本ではない。
一方で、一般向けに「健康常識を疑え」と問題提起する本としては成立している。
本書が一番当たっているのは、「カロリーだけ見てもダメ」という部分
ここは僕もかなり同意する。
食事は、単なる熱量の出し入れではない。加工度、満腹感、咀嚼、食べる速度、食品マトリクスが効く。
Hall et al., 2019のNIH入院下RCTは、この点でかなり強い。20人のクロスオーバー試験で、超加工食と未加工食を2週間ずつ食べてもらったところ、提示されたカロリーやマクロ栄養素を揃えていても、
- 超加工食の方が 508 kcal/日 多く摂取
- 2週間で0.9 kg増量
- 未加工食では0.9 kg減量
だった。
三島の評価
これは重要だ。
本書の「カロリー一辺倒は間違い」という主張は、少なくとも食品の質を無視するなという意味では支持できる。
だから、僕はこの本を全否定しない。
むしろ、カロリーしか見ない古い栄養観を崩す導入書としては、かなり読みやすい。
ただし「糖尿病は食事・運動では治らない」は明確に言いすぎ
ここから怪しくなる。
もし著者が言いたいのが、
- ちょっと歩け
- ちょっと減らせ
- あとは根性
みたいな雑な生活指導では、2型糖尿病はなかなか変わらない、という意味なら分かる。
でも、食事・運動で寛解しないまで言うと、論文とズレる。
DiRECT試験では、発症6年以内の2型糖尿病患者306人を対象に、総エネルギー置換食を含む減量プログラムを行ったところ、
- 12か月時点で寛解率 46%
- 対照群は4%
- 15 kg以上減量した人では86%が寛解
だった。
さらに、2024年の5年追跡では長期維持が難しいことも示されたが、それでも介入群の方が**寛解訪問割合 27% vs 4%**と良好だった。
低糖質介入でも、BMJの2021年メタアナリシスでは、6か月時点で寛解率が**57% vs 31%**まで上がっている。ただし、12か月では効果が縮む。ここも現実的だ。
しかも、ADAなどの国際コンセンサスは、**薬剤中止後3か月以上、HbA1c <6.5%**をremissionと定義している。つまり、糖尿病寛解は周辺概念ではなく、すでに正式な臨床用語だ。
三島の評価
ここでの正確な言い方はこうだ。
「2型糖尿病は、食事介入で寛解しうる。ただし、長期維持は難しい」
これなら論文と整合する。
逆に、**「食事・運動では治らない」**は、一般向けには刺激的でも、エビデンスベースの表現ではない。
LDL論はさらに注意がいる。「善玉・悪玉」という言葉が雑なのと、LDLがどうでもいいは別の話
この本の危うさが一番出やすいのはここだと思う。
健康本はしばしば、「善玉コレステロール」「悪玉コレステロール」という単語をひっくり返して読者を驚かせる。たしかに、このラベルは教育用の簡略表現としては粗い。
でも、そこからLDLは悪くないに飛ぶと、もう論文が止めに来る。
European Atherosclerosis Societyのコンセンサスは、遺伝学、前向きコホート、介入試験を統合して、
- 200万人超
- 2,000万 person-years
- 15万件超の心血管イベント
を整理し、LDLはASCVDの原因であると結論している。
一方で、Holmes et al., 2015のメンデルランダム化では、HDLは因果性が頑健ではなかった。つまり、
- HDLを単純に「善玉」と呼ぶのは雑
- でもLDLの因果性は強い
というのが現在地だ。
三島の評価
本書が言いたいのが「善玉・悪玉という言葉に飛びつくな」なら、そこは分かる。
ただし、読後に
- LDLは気にしなくていい
- コレステロールの話は全部古い
と受け取ったら危ない。
ラベルが粗いことと、LDLが重要であることは両立する。
「40代以降は太り気味の方が長寿」も、かなり怪しい一般化だ
この手の主張も健康本でよく見る。
確かに、一部の観察研究では「やや太めが最も長生き」に見えることがある。いわゆる肥満パラドックスだ。
でも、その多くは喫煙、既往症、病気による体重減少、早期死亡の混入で歪む。
Aune et al., 2016は、230コホート、3,023万人、374万死亡を統合した巨大メタアナリシスで、
- never smokersでは死亡リスク最低がBMI 23-24
- healthy never smokersではBMI 22-23
- バイアスが大きい解析ほどU字型が強く見える
と報告した。
三島の評価
ここから言えるのは、
- やせ過ぎが危ない場面はある
- でも太めが長寿を一般論化するのは危ない
ということだ。
特に40代以降で見るべきなのは、体重そのものよりも、
- 腹囲
- 筋量
- 代謝異常
- 喫煙歴
- 既往症
だ。
本書が「痩せれば良いわけではない」と言いたいなら正しい。
でも「太っていた方が長寿」に寄せると、話が雑になる。
この本は「半分当たっている」からやっかいだ
僕がこの本を3点評価にしたのは、全部が間違っているからではない。
むしろ逆で、当たっている部分があるからこそ、強い言い回しまで信じられやすい。
本書の良いところは、
- カロリーだけの栄養観に疑問を投げる
- ビタミン、ミネラル、脂質の質に注意を向ける
- 食事の中身を見ろ、と読者に言う
ことだ。
弱いところは、
- 糖尿病寛解を過小評価する
- LDLの因果性を薄めやすい
- 肥満パラドックスを一般向けに強く言いすぎる
ことだ。
三島の総合評価
評価: ★★★☆☆(3/5)
- 良い点: カロリー神話批判と、食品の質を重視する姿勢は妥当
- 良い点: 一般読者に「健康常識を疑え」と考えさせる入口としては面白い
- 弱い点: 脂質、体重、糖尿病の結論が断定的すぎる
- 弱い点: 「エビデンスベース」を名乗るには、専門領域外の一般化が多い
誰に勧めるか
勧める人
- カロリー計算だけの栄養観に違和感がある
- 食品の質や加工度にも目を向けたい
- 健康本を鵜呑みにせず、論点整理の素材として読みたい
勧めにくい人
- 糖尿病や脂質異常症の実践ガイドがほしい
- 体重管理の最新エビデンスを正確に学びたい
- 医学的にそのまま使える結論を求める
三島の結論: 問題提起は良い。だが、結論を強くしすぎると危ない
『医者が教える最強の栄養学』は、健康本としては読ませる。
特に**「カロリーだけでは足りない」**という問題提起は、今でも十分有効だ。
ただし、論文を読む側から言うと、その先は慎重に切り分ける必要がある。
- 食品の質を見ろ: その通り
- 糖尿病は食事で寛解しうる: これも事実
- LDLの因果性は強い: ここは外せない
- 太め長寿論を一般化するな: ここも重要
だから僕の結論はこうだ。
入口としては面白い。だが、出口までこの本だけで済ませると危ない。
脂質や血糖の話をもう少し厳密に追いたいなら、以前まとめた『糖質リスク』レビューやスタチン副作用論争の整理も合わせて読むと、だいぶ視界が整う。
